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2月の旅は藍染のふるさと徳島へ。 |
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藍染の訪問着の染色工程 | ||||
白生地の柄を糊伏せした訪問着を藍液に浸けようとしている所。 一番むらが出やすい所なので慎重に浸けていきます |
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藍瓶から出した瞬間は藍色ではなく、緑色をしているのです |
藍が酸化してきれいなブルーになり、再度時間を計りながらまた藍瓶に浸けていきます |
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藍染ゆかたの作業工程 | ||||
藍染めの浴衣を染めるために藍の染料をかけています |
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染め上がった浴衣を確認しているところです |
糊伏せした所の糊を洗い流します |
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日本にやってきた小泉八雲(ラフカディヨ・ハーン)は藍色をジャパンブルー、日本を『青き小さき国』と呼んだ。当時はきものも藍木綿、家に入ると暖簾も藍、部屋で勧められる座布団も藍、寝るときの布団も藍、食事の時の食器も藍の染め付けが中心でした。藍染は日本の気候と風土に強く結びついたものであり、日本の伝統文化そのものです。5代目で父上の古庄理一郎氏は、昭和31年に徳島を訪ねてきた民芸運動家、柳宗悦やバーナード・リーチが藍染の素晴らしさを熱く説いたのに触発され、四国伝統の藍染づくりを復興した人。その情熱は、紀治氏にしっかり受け継がれています。 |
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